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1.アサザの現状を理解する上で必要なアサザの基本的な生活史
アサザは日本各地の湖沼やため池などに生育する多年性の浮葉植物である。多年性であるアサザは、春になると走出枝(水底をはう茎)から葉を水面に出し、夏から秋にかけては多くの葉で水面を多い、キュウリに似た黄色い花を咲かせる。冬になると水底の根と走出枝を残して枯れるが、春になると再び走出枝から葉を水面に出す。
アサザの繁殖方法には、クローン成長と種子繁殖という2つの方法がある。成長期のアサザは、走出枝をさかんに伸ばすことで展葉面積を広げるが、これはクローン成長とよばれる。クローン成長によって大きくなったアサザは、たとえ広い面積を占有していても、同じ遺伝子からなる1個体である。また時として、走出枝が切れて(切れ藻)漂着し、そこから新たに成長する事もあるが、たとえ元の個体とつながっていなくとも、この切れ藻は元の個体と同じ遺伝子を持ったクローンである。
一方種子繁殖とは、文字通り種子を生産することで子孫を作る増殖方法である。アサザは種子繁殖において、異型花柱性という繁殖様式をもっている(Ornduff,
1966)。つまり、花柱(めしべ)が長くて雄ずい(おしべ)の短い「長花柱花」を持つ個体と、反対に花柱が短く雄ずいが長い花型「短花柱花」を持つ個体が存在する。そして、異なる花型を持つ花の間で花粉がやり取りされないと正常に種子繁殖ができないという性質を持っている。花粉のやり取りは、ハナバチやチョウなどの昆虫によって行われる(丸井・鷲谷
1993)。また、種子繁殖よって生まれたアサザは、クローン成長によって増殖した場合とは違い、親株とは違う遺伝子になる。
2.アサザの遺伝的多様性
遺伝的な多様性は、突然の環境の変動にも対応できる可能性が高まったり、病原菌が一度に広がることを防ぐことで絶滅を防いだり、未来の新たな進化のためにも必要な重要な要素である。よって、個々の自生地の個体群(アサザの個体の集まり)の健全性を評価するにおいて、遺伝的多様性は重要な要素である。
アサザの場合は、旺盛なクローン成長をするので、同じ遺伝子を持つクローンが広がり、遺伝的に単調な自生地となる場合もあると考えられる。たとえ、展葉面積が広い自生地でも、1種類のクローンであれば遺伝的多様性は非常に低い。よって、遺伝的多様性を考慮に入れて自生地の現状を評価する際には、展葉面積ではなく、クローンの種類数に重点を置かなければならない。クローンの種類数が多ければ、遺伝的多様性も高く良い自生地と見なせるであろう。どれだけの種類のクローンが存在するのかを見た目で判断することは難しいが、遺伝子を解析することでそれを把握することができる。

3.全国アサザ自生地の調査と遺伝解析
アサザは、生育地の破壊などで自生地が激減し、日本ではレッドデータブックに絶滅危惧II類(環境庁 2000)にあげられている。では、日本のアサザが現在どれほど危機的な状況なのだろうか?日本のアサザという種の保全において、霞ヶ浦のアサザ自生地の保全はどれほど重要なのだろう?この問いに答えるために、全国のアサザの自生地を調査し、マイクロサテライトという遺伝子を解析することで、「全国のアサザの現状」と「霞ヶ浦のアサザ自生地の特徴(重要性)」を考察した。
2001年に、アサザ基金の川口浩範さんと共に、日本の各自生地に赴き、アサザの展葉面積と花型を調査し、そこで採集して持ち帰った葉の遺伝子を解析した。文献や地方の行政機関からの情報により、日本に現存するほぼ全ての自生地を調査することができ、全国で67ヶ所のアサザ自生地を確認できた。
しかし、調査の結果は驚くべきものであった。なんと長花柱花と短花柱花の2つ花型がそろっている自生地は、全国でも霞ヶ浦だけであった。つまり、正常な種子繁殖ができるのは、霞ヶ浦のアサザ個体群だけであるということがわかった。
また、遺伝解析の結果、ほとんどの自生地がなんと1つないし2つのクローン(個体)から構成されていることが明らかとなった。何百、何千m2と広がっていたり、複数箇所に存在していたりするようなアサザ自生地でも、個体群内の遺伝子を調べてみると全て同じクローンであることが非常に多かった。最終的に、全国で確認されたクローンの数はわずか56という状況であり、アサザという種が非常に高い絶滅の危機に直面しているということが明らかとなった。しかしその中でも、霞ヶ浦の自生地では18種類ものクローンが見つかり、霞ヶ浦にしか残されていない霞ヶ浦固有の遺伝子が存在することも明らかになった。
霞ヶ浦は、展葉面積でいうと日本で3番目の自生地である。しかし、国内で唯一正常な種子繁殖の可能性をもつ自生地であるということと、比較的多い個体数(クローンの種類数)を持つということ、固有な遺伝子を持つことから考えられると、霞ヶ浦は、日本のアサザという種を保全するにあたり比類無き重要な自生地であることが明らかとなった。

4.霞ヶ浦のアサザの遺伝解析と系統維持
霞ヶ浦のアサザ個体群は、連続したものではなく湖岸線沿いに点在していくつかの群落を形成しているいが、これらの個々の群落は地域個体群と呼ばれている。各地域個体群には、土地の名前にちなんで、「麻生」、「崎浜」、「浮島」などの名前が付けられている。なお霞ヶ浦の地域個体群の中で、同じ地域個体群内に種子繁殖に必要な2つのタイプの花型(長花柱花と短花柱花)が存在しているのは、2000年には「麻生」の地域個体群のみになっていた。
全国でも特にその重要性が明らかとなった霞ヶ浦の自生地であるが、遺伝解析の結果、全国同様ほとんど全ての地域個体群は、わずか1種類のクローンから構成されていることがわかった。ところが、「麻生」の地域個体群だけは、同じ場所に9種類ものクローンが確認でき、霞ヶ浦で最も遺伝的多様性が高い個体群であることが明らかとなった。またいくつかの地域個体群では離れた個体群にも同じクローンが確認され、水分散を介した切れ藻によるクローンの拡大が示唆された。しかし、多くの残存個体群がその場所固有の遺伝子型から構成されており、個々の地域個体群の保全が重要であることが確認された。
霞ヶ浦のアサザは1996年からの5年間で展葉面積は約10分の1、地域個体群は34から15へと減少した(西廣ら 2000)。その中には、「麻生」のように2つの花型がそろい健全な種子生産をおこなっていた個体群も含まれる。霞ヶ浦の遺伝的な多様性を維持するという観点から見ると、これ以上地域個体群が消滅することで、固有の遺伝子や遺伝的多様性が失われることは何としてでも避けるべきである。現在アサザプロジェクトではこのような観点から、研究者・NPO・行政が一丸となって、残存するアサザの系統保存事業を行っている。残存する全ての種類のクローンを保存するため、各地域個体群から走出枝の一部を採取し、そこから成長させた株を国土交通省霞ヶ浦河川事務所や各地域個体群の近隣に存在する小中学校のビオトープ池で維持している。小学校ではこれらの系統保存株の観察・維持・授業を通じて、湖岸生態系や生物多様性についての環境教育にも活用されている。

◆引用文献
環境庁(2000)レッドデータブック 第2判, 日本野生生物研究センター(東京).
西廣淳・川口浩範・飯島博・藤原宣夫・鷲谷いづみ(2001)応用生態工学, 4: 39-48.
丸井秀幹・鷲谷いづみ(1993)種生物研究, 17:59-63.
Ornduff, (1966) Evolution, 20: 309?314.
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1.「生活環」の理解 −絶滅危惧植物を保全する上での重要性−
近年多くの植物が絶滅の危機に瀕しており積極的な保全の必要性が高まっているが、絶滅危惧植物の保全を行う上で特に重要なことは、個々の植物の生活史を明らかにすることである。「生活史」とは種子、実生(芽生え)、成熟個体など、植物がその一生でたどる各成長段階の過程である。この生活史は普通「種子」→「実生」→「定着個体」→「開花個体」→「種子」・・・、というように循環していることから生活環とも呼ばれる。植物が個体群を存続させるには生活史が途切れることなく循環していることが必要である。そのため、絶滅危惧植物の保全においてはまず個々の植物の生活史を理解した上で、生活史の環のどの段階が、なぜ途切れているのかを明らかにし、何らかの保全対策で途切れた生活史の環を再び繋げる事が、最も重要で基本的なアプローチとなる(Schemske
et al 1994)。
2.アサザの生活環と「土壌シードバンク」
多年性の浮葉植物であるアサザも、「種子」→「実生」→「定着個体」→「開花個体」→「種子」という生活史をもっており、多年性植物であるため開花個体は毎年水面に展葉して種子を生産する。また、アサザの種子は「土壌シードバンク」と呼ばれる休眠性の種子集団を形成し、数年間土壌中で発芽せずに生存し、発芽に適した時期まで待つ事ができる。
霞ヶ浦に生育するアサザは現在急激に個体群が衰退し、遺伝的にもわずか18の遺伝子型が残存するのみという危機的な状況にある。そのためアサザ個体群の保全のためには個体数と遺伝的多様性の両方を回復させることが早急に重要である。土壌シードバンクはたとえ親の開花個体が消滅しても数年間維持され、しかも現存個体群からは失われてしまった遺伝子を保持していることから、個体群の再生においては最も有効な材料であるといえる。
3.途切れた生活史・・・実生定着の失敗
現在霞ヶ浦の数カ所の湖岸では、アサザの開花個体の消滅後も土壌シードバンク由来の実生の出現が、毎年春にヨシ原の水際に沿って確認されている。しかし、近年の研究からこれらの実生は定着に至る前に全て死亡することが明らかになっている(西廣ほか2001)。霞ヶ浦のアサザの保全のためには、この実生定着を実現させて生活環を完結させ、土壌シードバンクから個体群を再生することが重要である。

そのためにはアサザの本来の実生更新の様式と現在の定着失敗の原因を考える必要がある。ここで「アサザの発芽特性」と「湖の水位変動」という2つのヒントから仮説を整理してみる。アサザは浮葉植物であるが水中では発芽が抑制され、光や変温条件によって発芽が促進される(Smitz1990)。また、現在霞ヶ浦は年間を通じて水位が一定に制御されているが、本来霞ヶ浦の水位は降水量の季節的変動に合わせて「春先に最も低く、夏から秋にかけて上昇する」といように季節的に変動していた(西廣2002)。以上のアサザの発芽特性と霞ヶ浦本来の水位変動パターンから推測すると、アサザは本来「春先の水位低下で水面から露出する裸地的環境で発芽・定着し、その後の水位上昇で浮葉植物として生育する」という、科学的根拠に基づく仮説が設定される(鷲谷1994)。
しかし現在はヨシ原の浸食が激しいことや水位が年間一定に保たれていることから、アサザの発芽適地は減少し、たとえ発芽しても実生は波の影響を強く受けたり次第に被陰されてしまうヨシ原の陸側で発芽してしまうために定着に失敗していると推測される。そのため土壌シードバンクからの個体群再生には「波」や「被陰」といった阻害要因の除去が有効であると考えられる。

4.実験によるアサザの定着適地の検証
これらの仮説を検証するため、実際に霞ヶ浦の湖岸で実生定着に関する検証実験を行った。通常「波」の影響をコントロールすることは困難であるが、現在霞ヶ浦では湖岸植生の保全と再生を目的とした自然再生事業が行われており、数カ所では消波構造物の設置が行われている。そこでこのような協働の場を利用することで、通常は困難である生態系レベルでの野外実験をおこなった。
実験は江戸崎町の鳩崎地区の再生事業箇所で行った。この湖岸では1998年にアサザの成熟個体が消滅した後も、毎年春に土壌シードバンクからのアサザの実生の出現が認められているが、すべての実生が定着に失敗している(西廣ほか2001)。ここでは、アサザをはじめとする水生植物の保全を目的として、2001年にヨシ原の前面に消波構造物が設置され、浸食されたヨシ原の緩勾配地形が養浜工によって復元されている。アサザの定着適地の環境条件を詳細に検証するため、2002年の4月にヨシ原の水際に沿って55の方形区を設置し、周辺で出現したアサザの実生を10から15個体ずつ植え替えた。そして消波構造物や高茎草本の刈取り、方形区の比高の調整をおこなって多様な環境条件の方形区を用意し、その下での実生の生存率と個体サイズの変化を9月まで継続的に記録して比較した。
5.アサザの定着適地と季節的水位変動の重要性
その結果、実生の初期の生存率は湖の平均水位を境に大きく異なり、湖水面より低い比高の調査区では生存率が著しく低かった。これはたとえ消波構造物で緩和された波であっても、波浪が実生の生存に致命的な影響を及ぼすためであると考えられる。最終的な生存率は相対光量子密度(明るさの指標)とも強い関連性が認められ、明るい場所ほど生存率が高い傾向が見られた。これは明るい場所ほど実生の成長が促進されることで、波や冠水への耐性が高くなるためであると考えられる。統計的な解析(重回帰分析)からも生存率には冠水の頻度と相対光量子密度が最も重要な環境要因であるという同様の結果が得られ、冠水しにくく明るい場所ほど高い生存率を示した。
この野外実験の結果から、アサザの実生定着には春先に冠水頻度が低く、生育期間を通じて被陰されない裸地的環境が必要であることが明らかとなった。この定着適地の条件は、春先の水位低下で出現する裸地の条件と一致しており、このような場所がアサザの定着適地であるという仮説を支持している。つまり、アサザの実生更新のためには、春先の水位低下を含む本来の季節的な水位変動が重要であることが示唆された。

6.アサザ個体群再生のための具体的手法
現在霞ヶ浦のアサザの絶滅の危機を回避するために、個体群が消滅し、土壌シードバンクが枯渇する前に、土壌シードバンクを積極的に用いた個体群の再生を行う事が重要である。最終的にはアサザ本来の更新に適した環境、つまりヨシ原の緩勾配や春先の水位低下を含む霞ヶ浦本来の水位変動パターンを取り戻す事が必要不可欠であるが、現状においては土木工学的な手法によって「冠水しにくい裸地的環境」を用意することで、実生を定着させて個体群を再生することが重要である。
実際に自然再生事業でそのような定着適地の環境が用意された場所では、土壌シードバンクから実生定着が実現しており、例えば鳩崎地区においては2002年には124の定着個体が確認され、一部は開花にまで至った。しかし水門操作により水位が安定化されていることから、ほとんどの個体が浮葉を出さずに陸上で生育しており、遷移の進行に伴う成長阻害も予想されるため、今後これらの定着個体が浮葉植物として成長できる条件・管理手法を検討することが必要である。
7.「指標種」としてのアサザ
本研究を通してアサザの実生更新にとって霞ヶ浦の季節的な水位変動が重要であることが検証されたが、最近の湖岸植生の研究の結果から、このような季節的水位変動がほかの多くの水生植物にとっても重要であることが指摘されている。例えば、霞ヶ浦に生育する39種の水生植物について、さまざまな制御温度条件下での発芽実験を行ったところ、そのうち23種が春に発芽する性質を持っており、32種が冠水条件下で発芽を抑制される事が明らかとなった。つまり、多くの水生植物が春に冠水しない地表面で発芽する性質を持っており、季節的な水位変動によってもたらされる春先の水位低下がこれらの種の実生更新にとっても重要であることが示された。
その中でも特にアサザは水位変動のパターンによって実生定着の成否を大きく左右される種であり、湖の重要な環境要因である「水位変動パターン」というものの健全性を指標している種であるといえる。アサザの実生更新が可能な環境を回復することは、一時的な水位低下を必要とする他の水生植物の実生更新を保証し、それらの種の保全にもつながるといえる。
◆引用文献
西廣淳, 川口浩範, 飯島博, 藤原宣夫, 鷲谷いづみ (2001) 霞ケ浦におけるアサザ個体群の衰退と種子による繁殖の現状. 応用生態工学 4,
39-48.
西廣淳 (2002) 湖水位のダイナミズムの喪失と植物への影響. 科学 72, 84-85.
鷲谷いづみ (1994) 絶滅危惧植物の繁殖/種子生態. 科学 64, 617-624.
Schemske D.W., Husband B.C., Ruckelshaus M.H., Goodwillie G., Parker I.M. and
Bishop J.G. (1994) Evaluating approaches to the conservation of rare and
endangered plants. Ecology 75, 584-606.
Smits A.J.M., Van Avesaath P.H. and Van der Velde G. (1990) Germination
requirements and seed banks of some nymphaeid macrophytes: Nymphaea alba L.,
Nuphar lutea (L.) Sm. and Nymphoides peltata (Gmel.) O. Kuntze. Freshwater
Biology 24, 315-326.
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