漁業資源から見た消波施設の評価と提案
注:未発表論文です。無断での転載・転用は御容赦ください。
2003年7月21日
浜田 篤信

プロフィールと研究の背景

 浜田篤信氏は、茨城県水産試験場にて魚類や漁業について研究され、場長を歴任された後、退職後は、(有)霞ヶ浦生態系研究所を設立、 霞ヶ浦北浦の漁業資源の保全と回復に向けた調査研究活動を行っています。
 また、漁協組合員でもあり、生活者としての視点を持って、次世代に「未来に展望を持てる漁業」を引き継ぐために活動しています。
 アサザ基金は、2003年2月から浜田氏との共同研究を開始し、2003年2月〜5月の調査では、粗朶消波施設の漁業資源の回復における位置づけ・役割及び、粗朶消波施設がワカサギ産卵場に設置されており産卵場を破壊しているとの批判(残念ながら現在まで批判者からは科学的な調査に基づく具体的根拠は示されていません)に対する科学的検証を実施しました。この調査は漁業振興と一体化した自然再生事業を視野に入れた提案に向けて現在も継続しています。
 ここでは、2003年7月21日に行った第4回アサザプロジェクト公開講座の浜田氏の講演内容として、2003年2月から5月までの調査の結果報告と考察及び消波施設への評価と提案と題した研究成果を掲載させていただきます。

0.はじめに
1.粗朶消波施設のワカサギ・シラウオ資源への影響
2.消波施設の評価と提案


0.はじめに

 霞ヶ浦北浦における漁獲量は、最盛期の昭和55年には17,600トンに達したが、以後、減少を続け平成14年には、霞ヶ浦1,402トン、北浦346トン合計1,748トンにまで落ち込んだ。この漁獲量減少は、水資源開発常事業の一環として行われた陸川水門の閉鎖と直立護岸の建設による自然湖岸の消失によって引き起こされたものであるが、そのことによって平安時代から継承されてきた漁業が消滅の危機にさらされている。地域の文化・産業である漁業を次世代に引き継ぐことは私たちの義務である。
 常陸川水門の閉鎖は、底層の酸素条件を好気的状態から嫌気的状態へ劇的変化を引き起こし、このことによって基礎生産の低下や植物プランクトンの遷移を引き起こし、魚介類の生産に大きな影響を与えた。
 また、自然湖岸は、(1)空間分画機能、(2)静穏化機能、(3)産卵場提供機能、(4)仔稚魚育成機能、(5)物質循環機能等の各機能を有するが、直立コンクリート護岸建設の結果これらの諸機能が失われ、その結果、漁業が壊滅的な打撃を受けた(野口・浜田・鈴木2002、霞ヶ浦研究12、57-91)。したがって、漁業の再生には、常陸川水門閉鎖と直立コンクリート護岸への対応が不可欠である。前者については、魚道の設置や部分開放、将来は全面開放が、後者については自然湖岸再生が課題である。自然湖岸再生については、筆者は多重・柔構造の消波施設を提案してきたが(浜田2001、水環境学会誌24、645-651)、今回は粗朶消波施設による自然湖岸再生の可能性を検討する。


1.粗朶消波施設のワカサギ・シラウオ資源への影響

 粗朶消波施設設置個所の条件や施設周辺のワカサギ・シラウオの分布状態等を調査し、以下の結果を得た。

(1)ワカサギの産卵条件について
 過去の知見(図1-1から図1-3)を整理すると、図1-4が得られる。つまり、ワカサギの産卵は水深0.5〜2.5mの砂または砂礫の湖岸、流速7cm/sec以上の条件下で産卵が活発に行われることが分かる。

図1-1.底質と採集卵数の関係(加瀬林1961より作図)  図1-2.水深と採集卵数の関係(加瀬林1961より作図)
図1-1:底質と採集卵数の関係(加瀬林他1961より作図)  図1-2:水深と採集卵数の関係(加瀬林他1961より作図)

図1-3.1953、1954年の崎浜付近の産卵及び稚魚の分布(加瀬林他1961)
図1-3:1953、1954年の崎浜付近の産卵及び稚魚の分布(加瀬林他1961)

※卵と稚魚の分布から、産卵場所と稚魚の育つ場所が一致していないことより、産卵に適した環境と、稚魚の成育に適した環境が異なることが示唆される。

図1-4.ワカサギ産卵場の適正流速・適正水深の概念(2003 浜田)
図1-4:ワカサギ産卵場の適正流速・適正水深の概念(2003 浜田)

(2)粗朶消波施設設置個所の底質について
 粗朶消波施設設置個所の堆積物のCODを測定した結果、2〜5mg/g wet sedmentの砂泥〜泥であることが分かった(表1)。
表1:消波施設周辺の底質の有機物含量
この結果から粗朶消波施設設置個所の底質は、砂泥〜泥でありワカサギの産卵場には該当しない。根田を例に挙げると消波施設は、崎浜地先と川尻川地先の二つの洲に挟まれたやや奥まった条件下に存在しており、産卵場である洲を避けて設置されている。

(3)粗朶消波施設への産卵状態について
 採泥器および産着卵確認用ビニールシート(2×20,2×50m)への産着卵の有無で検討したが、産卵は確認されなかった。

(4)親魚の蝟集について
 特別採捕用の定置網、あるいは定置網(3月以降)で親魚の分布状況を調査した結果、霞ヶ浦では、土浦入り奥部で最も産卵親魚の分布が高く、崎浜から牛渡、湖尻に向かうに従って親魚の分布密度が低下した。高浜入りおよび湖尻の麻生地先ではでは、親魚は殆ど採集されなかった(図2)。霞ヶ浦北浦で親魚採捕尾数がもっとも高かったのは、霞ヶ浦では、土浦田村、北浦では上流部の梶山であった(表2)。粗朶消波施設周辺への親魚の蝟集は認められなかった。

図2:ワカサギ親魚の分布
     地点番号の内訳は以下
     8:根田地区粗朶消波施設東端 9:地点8と地点10の中間地点
     10:崎浜船溜り 11:崎浜船溜りより牛渡へ200m地点
     12:崎浜船溜りより牛渡へ500m地点)


※根田地区粗朶消波施設周辺は、ワカサギ親魚の分布が見られず、崎浜船溜り沖の州に産卵のために集まっていることが検証できた。前述したように底質が砂泥〜泥の根田地区は産卵場所ではなく、底質が砂礫〜砂である崎浜の州が産卵場所であることが、これによって証明されている。

表2:特別採捕事業によるワカサギ親魚採捕状況

(5)稚魚について
 土浦、石川および梶山の各地点で粗朶消波施設周辺への蝟集が確認された。特に、産卵場ではない石川および梶山の2地点で高密度の稚魚の分布が確認されたが(表3、図3)、上流域から流下した仔魚が、粗朶消波施設に捕捉され、その周辺で成長しているものと考えられた。また、産卵適地である浮島地先では稚魚は採捕できなかった。これらの結果から、ワカサギは洲に産卵するが、孵化仔魚は湖流によって洲から沖合あるいは付近の湾奥部へ運ばれるものとみられる。したがって、仔魚の生残率は、孵化後運ばれた場の餌条件によって左右される。仔魚の餌料ワムシは、河口付近で高密度であることが確かめられているので(熊丸2003、茨城県内水面水産試験場報告38,1〜18)、そうした条件下の場に運ばれた場合には生残率が高まり、湖心部に運ばれた仔魚の生残率は極めて低いものとなることが予測される。

表3:ワカサギ等稚魚調査結果

図3.石川地区におけるワカサギ稚魚調査結果(投網3回当り)
図3:石川地区におけるワカサギ稚魚調査結果(投網3回当り)

(6)親魚と稚魚の関係について
 各地区の漁協による人工孵化時の親魚採捕量(尾/日)と、それに対応する周辺水域の稚魚採集尾数との間には、幾何級数状の相関関係が認められた(図4)。多くの親魚が集まる場所では、より多くの孵化仔魚が生残することが伺われた。

図4:ワカサギ親魚採捕尾数と稚魚採捕尾数の関係

(7)結論
 ワカサギの産卵適地は、流速7cm/sec、水深1〜2mの底質が砂〜砂礫の条件下にある。こうした条件の場は、「洲」に該当する場である。しかし、今回の調査対象となった粗朶消波施設設置個所は、「洲」から離れた湾奥性を備えた水域で産卵適地には該当していなかった。
 一方、稚魚の調査では粗朶消波施設のいくつかで、高密度の分布が確認された。洲に産卵された仔魚は、孵化後に洲の近傍に存在する湾奥性を備える空間に運び込まれ成長するものと考えられる。粗朶消波施設設置箇所は、この仔稚魚の成育の場に該当するものと考えられる。
 仔稚魚を滞留させる機構は、かつては自然湖岸が有する地形や植生が関係したものと考えられるが、今回の調査では粗朶消波施設がその役割を果たしていることが伺えた。


2.消波施設の評価と提案

(1)自然湖岸の修復のねらい
 昭和47年当時の湖岸の状態(以下に自然湖岸という)の復元を目ざすものである。

(2)消波施設の必要性
 自然湖岸の消失の主因を波浪反射による洗掘とする。したがって、反射波の抑制が必要であり、自然湖岸再生過程で消波施設が必要となる。

(3)植生帯の消波機構について
 かつての自然湖岸は、地形、水生植物複合体で消波を達成していた。植生帯幅10mで約80%に流動が減衰し、消波が達成されていた(図5)。
図5:植生帯周辺の流速相対値の分布
(4)自然湖岸の消波機能について
 自然湖岸は多重・柔構造の消波機能を備えている。これまでの消波施設は、線的に消波を行うもので、波浪の反射が大きい。これに対し、自然湖岸はある幅のある空間的広がりの中で消波が行われる結果、反射が小さい。この消波構造をまねた構造の消波が望ましい。こうした考えから、面的広がりを有する消波施設を使用して消波を行い、汀線側からの植生帯の回復とともに部分的に消波施設を撤去し、自然湖岸の復元を完成させる方法が望まれる。したがって、撤去を想定した消波施設の設計が必要である。

(5)霞ヶ浦北浦における固有の消波施設「エビ巣」の再評価
 霞ヶ浦ではエビ巣と呼ばれる水産資源産卵繁殖施設が1967年頃まで活用され、また、消波施設として利用された。エビ巣は松杭と粗朶からなる伝統工法であり、現行の粗朶消波施設を進める上で参考になる事例である。

(6)粗朶消波施設の消波特性について
 粗朶消波施設の波浪透過率は約25〜50%である(図6)。したがって直立コンクリートやかごマット施工に比較して周辺湖底の洗掘が緩和されている(表4)。

図6:粗朶消波施設における波浪透過率調査結果

表4:粗朶消波施設波浪洗掘調査結果

※粗朶消波施設付近での洗掘速度は、コンクリート護岸に比較して51〜56%、かごマットに比較して67%に緩和されていることが計測された。

(7)消波施設周辺の水塊構成の特徴
 汀線から距岸10mの範囲に高水温帯が形成された。この部分が消波施設によって湖水の流動に大きな変化が生じた水域であり、早期にフナの産卵が確認された。しかし、高水温域の範囲は大きくはなかった(図7)。

図7(1):粗朶消波施設周辺のコイ・フナ類の産卵場所と水温・溶存酸素量の分布
図7(1):粗朶消波施設周辺のコイ・フナ類の産卵場所と水温・溶存酸素量の分布

図7(2):石積み消波施設周辺のコイ・フナ類の産卵場所と水温・溶存酸素量の分布
図7(2):石積み消波施設周辺のコイ・フナ類の産卵場所と水温・溶存酸素量の分布

(8)結論---科学的伝統工法推進による自然湖岸の再生
 エビ巣は霞ヶ浦北浦で発達した伝統工法である。一方、粗朶消波施設は利根川筋で発達した伝統工法である。両者は、構造が酷似しているのでその起源は同一ではないかと考えられるが、施工の目的や設置個所によって構造や設置に差が生じたものと考えられる。したがって、自然湖岸再生を目的に消波施設を設置しようとする場合には、次の点について科学的検討をすることが望まれる。
 @単位消波施設の構造(規模、粗朶の規格、透過率の決定)
 A適正配列の決定(消波施設群としての消波設計---自然湖岸の消波機能に近似するように(図8))
 B植生回復にともなう施設の管理手法開発(部分撤去や再設置)、完成にともなう撤去
 C方法論の検討----設計・予測・検証・再設計など
 D消波施設と漁業の相互作用----伝統漁法の消波機能の活用と漁業再生

図8(1):自然湖岸における消波機能の予測
図8(1):自然湖岸における消波機能の予測

図8(2):粗朶消波施設の設置と消波効果予測
上段:単位延長あたり消波率と消波効果
下段:施設の機能・設置台数と消波効果

図8(2):粗朶消波施設の設置と消波効果予測

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