造るに非ず、除くにあり 〜箱物自然保護を越えて 2002.12.24

 先の臨時国会では自然再生推進法案の審議が行われ、その中で各党がアサザプロジェクトを取り上げました。わたし自身も衆議院環境委員会から参考人として招致され、生まれて初めて国会で意見を述べる機会を得ました。参考人として意見を述べる準備をしていた時に、衆議院議員であった田中正造の次の言葉が、頭に浮かびました。
   「治水は造るものに非ず」「人民蘇生の良法、造るに非ず除くにあり」−田中正造
 足尾鉱毒事件を治水問題にすり替え、谷中村を遊水池化しようとする当時の政府に対して、根本的な問題解決なくして、公害問題の真の解決はないとする田中正造の強い意志が、これらの言葉からは感じられます。しかし、それ以上に時代を越えた普遍的な意味を、これらの言葉はもっていると思います。
 よく箱物行政という言葉を聞きます。建物や道路を造ることばかりが目的化した、税金を無駄に使う公共事業に対する批判を込めた言葉です。たとえば、福祉のためといって、巨額の費用で豪華な福祉センターがまず造られ、人材育成などの福祉を社会に根付かせるためのシステムづくりへの取り組みは、後から、わずかな予算で実施されるといった状況があります。とくに、福祉の普及を妨げている要因(差別など)を除く取り組みは後回しになりがちです。
 同じことは環境に関しても言えます。川や湖の自然を再生するといって、コンクリート護岸を石積みに変えたり、湖に浅瀬を造ったりすることは各地で行われています。しかし、川や湖の水量や水位を、自然に近い形で野生生物の生活にあわせることは、なかなか実現しません。水辺の生き物たちにとって最も重要な水量や水位の変化を無視して、いくら生き物の住み易い場所を造っても、生き物たちにとっては「見た目は良いが住めない家」をたくさん造っているのと同じです。つまり、人間の自己満足に過ぎません。
 川や湖の水量や水位を、野生生物の生活にあわせるためには、流域全体、社会全体を見る目をもって、水利用や土地利用などのあり方を変えていかなければなりません。そして、野生生物の生息を妨げている要因を除くことがまず必要です。つまり、人間の社会のあり方やシステムを本気で変革しようとしない限り、自然保護は実現しません。
 最近、自然との共生、自然再生といった言葉が、安易にどこでも使われているように感じられます。その多くが社会の変革やシステムの再構築を意識しない単なる場所づくりやモノづくり、組織づくり、一過性のイベントで完結しているのが現状です。これらは、箱物自然保護行政、箱物自然保護運動とは言えないでしょうか。これらには創造性が感じられません。
 環境問題の解決には、新しい社会システムや新しい生き方を生み出す取り組みが必要だということは、地域レベルでも地球レベルでも共通の認識となっています。箱物自然保護を越えるためには、生活者の視点で、あらゆる縦割り組織をうち破り地域全体を被うネットワーク事業を展開する必要があります。わたしは、これこそNPOのミッションだと考えます。国会で自然再生推進法案について意見を述べたときに、わたしは先の田中正造の言葉を引用しました。その時、わたしには100年前に発せられた彼の言葉が、ますます力強く、深く、身近に感じられました。
(代表理事  飯島 博)

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