| 湖で見つけた「糸紡ぎ車」〜ひとりひとりの美 | 2003.3.14 |
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霞ヶ浦にはどこか混沌としたところがある。私はそこに霞ヶ浦の魅力を感じる。霞ヶ浦は、関東平野のもっとも低いところに位置している。湖には水と共に広大な流域から、多様なモノが流れ込む。湖はモノが集まり混ざり合うところである。湖に集まったモノは、湖をめぐる物質と生物、生物と生物のつながりである生態系の中に広がり、循環する流れにゆだねられる。モノは、多様な生物から生物へ、これもまた多様な関係をとおして広がっていく。そして、その過程には数え切れない生と死がある。 豊かな湖とは、すべてがつながり合っていることを実感できる場所である。そこには、私達が求める自然がある。そして、私達がそこに見出す美とは、「多様さの中の統一」に他ならない。美とは、ひとりひとりの人間が感じ取り創造することで見出す、「多様さの中の統一」であると私は考える。「生物の多様性」と「多様なつながりにより成る」生態系の維持が、湖に清らかな水を確保するための必要条件であると、多くの人たちが気付きはじめた。霞ヶ浦の取り組みは、新たな時代を迎えている。では、私たちは多様さ、多様性とどう向き合えばいいのか。多様さへの戸惑い。冷戦構造の崩壊でイデオロギーの覆いを外された世界は多様さに戸惑い、いまだに混乱の中にある。相次ぐ民族紛争、宗教対立、テロ、戦争、報復の連鎖など。 今私達に求められているのは「多様さの中の統一」である。「多様さの中の統一」。実は、これはガンジーの言葉である。インド建国の父マハトマ・ガンジーは、ヒンズー教徒とイスラム教徒の激しい対立の中で、最後までインドとパキスタンの分離独立に反対し、人々に融和と共生を訴え続けた。「多様さの中の統一」を、彼は求め続けた。私は子ども時代に祖母から聞かされて、はじめてガンジーの名を知った。学生時代に白樺派の運動に影響を受けた祖母であったが、ゴッホの複製画がところどころに飾られた居間で祖母が静かに語ってくれたガンジーの印象は、今も私の中で生き続けている。混乱の渦の中にあった巨大な植民地インドを独立させる。この困難な取り組みを、彼は民衆の足下「生活の場」から力強く構築していった。日々の生活に根ざした誰もができることが、インドの独立につながる。「塩の行進」や「糸紡ぎ車」は、創造的である。 霞ヶ浦の再生。この複雑で大きな課題に、どう取り組んだらいいのかを真剣に考えていた頃、私の脳裏にはいつも「塩の行進」や「糸紡ぎ車」があった。そして、霞ヶ浦の再生もそこに生きるすべての人々が、日々の生活に根ざした取り組みをとおして、事業に参画することが出来なければ、目標は達成できないと確信した。とにかく歩きながら見付けよう。霞ヶ浦全域を歩いて行う調査「私の塩の行進」はこうして始まった。湖を夢中で歩き続ける中で、私は「私の糸紡ぎ車」を見つけることができた。それは、霞ヶ浦に自生する水草アサザである。でも、糸紡ぎ車と同じく、アサザは決して特別な存在ではない。湖が持っている自然の力を生かすことで、湖全域で誰もが生活の場で参加できる「市民による市民のための公共事業」が展開できる。そう私は確信した。アサザプロジェクトはアサザを種子から育てる取り組みからはじまり、湖をめぐる様々な組織の連携へと発展し、水源の森林から湖までを被う総合的な保全・再生事業へと展開していった。 霞ヶ浦再生事業は、湖をめぐる多様な取り組みを統合するものでなければならない。そして、統合は事業に参加する個々の人格を通して成されるものでなければならない。「多様さの中の統一」とは、統合する意志を持つ個人個人(つまり生活者)を核にした社会によって達成されるものだ。アサザプロジェクトは総合化し統合する主体を権力に頼らない、力によらない、個々の人格が機能するネットワーク型社会をめざしている。それは、すべての人格が尊重される社会である。私はここに真の福祉があると考える。 行政や企業といった組織に自らをゆだね、任せることで安住する生き方からの脱却が、変革の時代を生きる私達には求められている。緑の党の創設者のひとりで前衛芸術家ヨーゼス・ボイスは、「人間は誰もが芸術家である」と言っている。確かに、私達は多様さの中に統一を、美を求めることで人間の可能性を切り拓くことができるのだ。 |
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| (代表理事 飯島 博) | |