| もっと快い調べに声を合わせよう!〜生き物の道地球儀構想〜 | 2004.3.24 |
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昨年12月コウノトリの野生復帰をひかえた兵庫県豊岡市で講演を行った翌日、となりの城之崎温泉に一泊した。風呂上がりに何となくテレビのスイッチをいれると偶然第九の合唱が始まるところだった。「おお友よ、この調べではない、もっと快い調べに声を合わせよう!喜びに満ちた調べに」この冒頭部分は、シラーの詩にベートーヴェン自らが書き加えたものだという。曲の響きに部屋中の空気が澄みきっていくような気がした。不意に頭の中をよぎった「これはパラダイム・シフトでは・・もうひとつの世界は可能なんだ。」 「おお友よ、その調べにあらず」という題の文章を、ドイツの作家ヘルマン・ヘッセは第一次世界大戦のさなか、ある新聞に投稿した。たとえ相手が敵国であっても、その国の芸術や文化への尊敬と、そこに生まれる美への共感を捨ててはならないという内容であったが、この文章が発表されるとドイツ全土の新聞はヘッセを売国奴と罵りボイコットしたという。しかし、当時の敵国フランスの作家ロマン・ロランは「こころからの共感の握手をする」という手紙をヘッセに送り、それ以来ふたりは長く友情で結ばれた。 同じ頃ヘッセは友人に送った手紙で次のように述べている。「安全なところにいる者が、これは戦争する値打ちがあるというのは易しいことだ。戸外の森で腐敗しつつある人たち、自分たちの町や村や田畑や希望のすべてを荒廃させられ、めちゃくちゃにされてしまった人たちは、それについて違った考え方をする。こうした声にも耳を傾けることをしないで、戦争のことを考えるなど僕にはできない。」(ヘッセからの手紙、毎日新聞社刊より) 今や地球上を被う情報通信技術によって、戦争や飢餓で苦しむ人たちの姿や声を私達は毎日のように目にするようになった。しかし、これらはただの映像に過ぎず、これらの人々と「日常」を共有することはいまだに出来ない。「日常」は遠い国で飢えている子ども達にとっても私達にとっても掛け替えのない大切な時間と空間である。私はこの「日常」をベースにした共感と連帯が地球を被うときに平和は生まれるのだと思う。 そして、私達人類が日常を共有しなければならないものがもうひとつある。それは地球の営みだ。自然との共存は、平和とともに最も大きな課題だ。地球は自然の営みのネットワークで被われている。この自然のネットワークに「日常」を共有する地域コミュニティのネットワークが地球全体で重なった時に、自然と人間との共存は実現すると私は確信している。アサザプロジェクトはこのような創造的な取り組みの一環として始まった。 地球を被う自然の営みのネットワークには、野生生物の渡りや回遊などがある。地球は渡り鳥などの生き物の道の壮大なネットワークで被われているのだ。 アサザプロジェクトでは地域コミュニティの拠点を小学校に置き、小学校のネットワークで広大な霞ヶ浦流域の自然環境を被うネットワークを作る取り組みを展開している。各学区内での観察で最も移動力が弱いカエルの道を見つけることから、市町村単位で移動するトンボ、さらに流域単位で移動するトキまで、各生き物たちの道を確保するために小学校同士が交流しネットワークを広げていく。その中でITも活用される。 世界はすでに中心に組織のない広大なネットワーク「インターネット」に被われている。これもまた新しい世界像である。地域コミュニティ同士が、国家や民族、宗教の枠組みを越えて、誰もが共感できる日常の大切さをベースに、子どもたちの活動を通して、生き物の道で結びつくことができる。「地域ぐるみで子どもたちを育てる」ことから、「地球ぐるみで子どもたちを育てる」へ、世界中の子どもたちと「生き物の道の地球儀」を作ろう!アイデアが芽生え始めた。まずは、鳥たちの渡りをとおして霞ヶ浦と東アジアをつなげよう。 第九の演奏は大団円に向かう。「汝の不思議な力は、時流が厳しく引き離したものを再び結び合わせる。すべての人々は兄弟となる。汝のやわらかな翼がとどまるところにて。」(シラーによる頌歌「歓喜に寄す」より)もうすぐ、フィリピンや沖縄からロシアの北極圏に向かうムナグロという千鳥の仲間の渡り鳥が霞ヶ浦流域にやって来る。かれらの優しく快い鳴き声を湖をわたる初夏の風の中で聞くのが今から待ち遠しい。 |
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| 2004年3月24日 NPO法人アサザ基金 代表理事 飯島 博 | |