| 里山開眼〜里山には社会を変える力がある〜 | 2004.7.20 |
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1980年代まだ二十代の私は霞ヶ浦流域の里山を訪ね歩いていて、ときどきフクロウに出会うことがあった。何度か出会ううちに、私はあることに気が付いた。それは、フクロウがいる雑木林はどれもが、地元の農家によって利用されていることだった。笹などの下草が刈られた林の地面には日光が適度に当たりスミレやイカリソウが咲き乱れていた。 さらに、それらの雑木林の多くが谷間の田んぼ「谷津田」に面していることに気が付いた。そして、それらの谷を辿って行くといつも鎮守の森や屋敷林を構えた古い集落に辿り着くことが出来た。そこにも森の中から私を見つめるフクロウが居た。ふと思った。フクロウが住んでいる所には、谷津田の谷をめぐるように、手入れのされた雑木林や鎮守の森、屋敷林がセットになっているのではないか。 谷津田の水源は、谷の周囲の森が蓄えた湧水だ。 霞ヶ浦の広大な流域には、この谷津田が無数にある。大型の河川が流れ込んでいない霞ヶ浦では、これら無数の谷津田の谷が水源になっている。だから、ひとつひとつの谷は湖の水源の基本単位である。 さらに、地域の歴史を調べてみると、谷津田はもっとも古くから水田が作られた場所であることが分かった。人々は谷津田を足場に集落を作り、川沿いの低地等に新田を少しずつ広げていったのだという。つまり、ひとつひとつの谷は集落の基本単位でもある。 そして、フクロウの生息地が実際にどのように分布しているのかを調べた。ひとつひとつ谷津田の谷を訪ね歩くと、まだ、多くのフクロウが生息していることが分かってきた。ひとつひとつの谷は、地域の生態系を代表する生物フクロウの生息地の基本単位でもある。 水源の基本単位、地域コミュニティーの基本単位、生態系の基本単位、これら3つの基本単位が重なり合う場所が里山である。それが私の発見だった。そして、その発見はひとつの展望に結び付いた、これらの3つが重なり合う社会こそ、まさに私達がめざす「自然と共存する循環型社会」の姿ではないか。 里山の野生生物たちは決して人の手の及ばない余白部分「手付かずの自然」を頼りに生きてきたわけではない。むしろ今は、手入れのされなくなった雑木林やため池から多くの里山の生物が姿を消しつつある。どの様にして結び付きを取り戻すのかが課題だ。 里山は、人と自然との関係によって作り上げられた空間と時間が織りなす世界である。それは、自然との関係を生み出す営みが、社会にあってはじめて存続する世界である。私は里山には社会を変える力があると思う。ただし、単に里山を保存することではその力は生まれない。なぜなら、里山はある意味でシステムであると思うからだ。システムをもって社会全体を被うことは可能だろう。私はそこに里山の可能性を感じる。 私達は自然を作ることはできないが、システムを創造することはできる。創造的な取り組みによって先の3つの基本単位を重ね合わせることが出来たときに、私達はトキやコウノトリなどの里山の野生生物と再び日常を共有することができるだろう。最近手入れをはじめた里山でフクロウに出会うことができた。里山はいつも私を力づけてくれる。 |
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| 2004年7月20日 NPO法人アサザ基金 代表理事 飯島 博 | |