| 京都で見た羽黒トンボ 〜生き物の道が教えてくれる都市の可能性〜 | ||
今でも時々真夏の暑い日に涼やかな木陰で、木洩れ日を浴びながらひらひらと優雅に飛ぶ羽黒トンボの姿を見かけることがある。多くの人が夏の記憶のひとこまとして思い浮かべる光景ではないか。ところが、五年ほど前に京都市の中心部を流れる水路で羽黒トンボを見かけて驚いたことがある。京都の夏の暑さは油照りと呼ばれるほどである。しかも、ひらひらと黒いトンボが飛んでいる周囲はまさにコンクリートジャングルである。140万人の大都市の中心部で、夏の涼の象徴のような羽黒トンボがまさか。 ビルの谷間に見た羽黒トンボを見た次の瞬間私の脳裏に生き物の道が浮かんだ。京都は周囲を山に囲まれた盆地で、緑深い山々に源を発した幾筋かの川が市内を流れている。それらの川の上流には羽黒トンボの生息に適した水辺や森が多く残されている。自然の豊かな上流からヒートアイランドと化した都心部に向けて、今も生き物たちが供給され続けているのではないか。京都の生き物の道は今も生きているのだと実感した。 しかし、都心部にまで流れと共に下って来たトンボ達はどうなるのだろうか。少し心配になる。羽黒トンボは幼虫(ヤゴ)を川で過ごし、成虫(トンボ)になると林などの涼しい木陰に移動して小さな虫などを食べて過ごす。成熟すると川に戻り流れの中の水草に卵を産む。私の経験では、このトンボは500メートルくらいは移動するらしい。私の自宅から約500メートル離れた所に霞ヶ浦に流れる小野川がある。この川に羽黒トンボが生息していて、夏になると自宅の庭の大きなモミジの木陰で羽黒トンボを見ることができた。しかし、モミジが枯れてからは羽黒トンボを見ることはなくなった。 京都の都心部を流れる有名な鴨川でも羽黒トンボをよく見かける。鴨川から約400メートル離れて京都市中心部最大の緑地である御所がある。そして、御所から数百メートル間隔でほぼ市内全域に神社や寺が配置されている。今ではこれらは緑の島の様に見える。鴨川沿いには御所以外にも多くの神社や寺がある。これらから数百メートル以内に幾つも緑の島を見つけることができる。もう、あなたにも京の都をかつて被っていた羽黒トンボの道が、つまり、生き物のネットワークが想像できたのではないか。 京都は千年の都といわれる。様々な記憶が蓄積した都市である。ここで何十年前何百年前の羽黒トンボの道を発掘することは不可能ではないと思う。少なくとも、人々の記憶には、何十年前の神社や寺の庭園で、あるいは自宅の坪庭で、京料理が並んだ川床で、黒いトンボがひらひらと飛ぶ姿が涼の感覚と共に刻まれているはずだ。 都を囲む緑の山々と都心部を結ぶ生き物の道の幹線(鴨川など)から川沿いの玄関口(御所など)へ、そこから市内に配置された緑の島々(神社や寺)へと続く飛び石(坪庭や木立、藤棚など小緑地)があったに違いない。かつて、京の都を被っていたであろう羽黒トンボの道を取り戻していくことは、決して不可能ではないと思う。 涼を探し求めて飛ぶ羽黒トンボと対話しながら、都市に緑の飛び石をつくる。それは、ヒートアイランドに涼のネットワークを広げることでもある。いつしか人々が京都を訪れ、歴史が刻まれた庭園の中にひっそりと復活した羽黒トンボの姿を目にするとき、都市に広がりはじめた生き物の道と涼のネットワークを、そして、大いなる自然とのつながりを取り戻そうとする未来都市の姿を見るに違いない。私は京都を訪れるたびに、そんな光景を想像しながら、木洩れ日が揺れる苔むした庭園に佇み歴史を眺めている。 |
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| (代表理事 飯島 博) | ||