和全〜天地に立つひとつの器として             2006年1月1日

  上野の国立博物館に行くと必ず見る作品がある。火炎式土器と呼ばれる縄文土器である。天に向かって開かれた口と地に深く突き刺さるような尖った底。天と地がここには表現されている。そして土器の表面をうねり覆い尽くす文様のバリエーション。動きや律動(リズム)で充満した空間に圧倒される。縄文の人々にとっては、天地はあらゆるものが生まれ続ける、存在の息吹に満ちあふれた「生生する空間」であったに違いない。

 「自然」という言葉は明治時代に西洋文化が入る以前には、今のように使われていなかったという。元々は「天地」という言葉が使われていた。天地という言葉には、世界や環境と言った意味も含まれる。自然と天地というふたつの言葉を並べてみて素朴に感じることがある。天地という言葉からは広大な空間の中に在る自分の存在を感じることができる。もちろん自分の「立ち位置」は世界の中心ではない。牛久沼のほとりで執筆活動を続けた住井すゑさんの作品の中に「地球の一角」という言葉がある。一方の自然という言葉からは、「自然と人間」といった対立概念がどうしても浮かんできてしまう。

 東洋の山水画と西洋の風景画にも同様の違いが見られる。山水画では人物は壮大な山河の中にぽつんと小さく描かれる。一方、西洋画では風景は人物の背景に描かれることから始まった。空間表現も大きく異なる。山水画で遠近感を生み出すのは主に墨の濃淡や滲みであり、万物は霧や雲といった大気や水の動きの中に描かれる。また、描く人もその動きの中にある。西洋の風景画の特色は何といっても遠近法にある。画家が立つ一点から見た風景を対象化して描くことで、堅固に構成された世界を合理的に表現することができる。しかし、別の言い方をすれば、それは自分を中心に置いた世界の眺めでもある。

いま里山の風景が失われつつある。里山に暮らしていた多くの野生生物が絶滅の危機にある。原因は人々が里山との結び付きを失ったことにある。そして、里山の「保全」や「管理」についての議論が盛んである。しかし、以前から私は「保全」や「管理」という言葉にある違和感を持っている。これらの言葉には、動きが無く里山と人々や社会との一体感が感じられない。自然保護とは言え、特定の視点から里山を見るだけで何か一方的な感じがする。里山は自然と人々との関わりの中で生生し続けてきたシステムである。だから、わたしは「管理」よりもむしろ「働きかけ」という言葉を使いたい。「働きかけ」の方が関係が双方向的で、その背後に「人々が求める生き方」つまり動機が感じられるからだ。

 国立博物館には縄文時代から近代に至るまで、様々な器が展示されている。土器や壺、茶碗などの器はどれも地に据えられ天に向けて口を開けている。当たり前である。しかし、何千年もの間人々は天地との調和を求めて、それらの器に生生する世界を表現し続けてきたのだ。展示も終わりの頃、江戸後期から明治にかけての陶磁器が並ぶ部屋に入った。その中に、カマキリが草むらの中で月を背景に描かれた茶碗があった。ここにも天地の表現がある。作者は永楽保全。保全とは変わった名だなと思った。さらに、その横に置かれた絵皿を見てはっとした。作者は永楽和全と記されている。保全の子が和全なのである。まったく偶然ではあるが、この時わたしは「和全」という言葉を得た。辞書を見ると「保」には「たもつ」「世話をする」「やとわれ人」などの意味が記されている。「和」には、「おだやかなこと」「仲良くすること」「うまくまざること」などと記されている。わたしは里山に合うのは、「保」より「和」つまり「和全」ではないかと思う。

 私たちは自然保護や環境保全の限界を越えるために、日本やアジアの自然観を再評価すべき時期にあるのではないか。真冬の霞ヶ浦には雲ひとつない青空と平らな大地が広がる。この天地に、わたしもひとつの器として立っているのかもしれない。



 
(NPO法人アサザ基金 代表理事   飯島 博)

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