歌枕の森〜風景の中に溶け込む        2006年7月1日

 講演や授業で全国各地に行く機会が多い。新しい土地に行くと無心に風景から表情を読みとろうとしている自分に気付くことがある。其処に居る誰かを探し求めているような、どこか奥深いところから発せられる声に耳を傾けているような不思議な感覚である。
 もしかしたら、遥か昔にその土地に出会った人々も同じ様な感覚を持ったのかもしれない。車窓の風景を眺めながら、ふと直線的に流れ去る時間感覚から離れて、まるで層を成した時間の中を浮遊するように物思いに耽ることがある。数多の人々がその土地と出会い、また暮らし続ける中で生まれた思いや感覚は決して消え去るものではないと思う。今この自分もまたその思いや感覚の中にいると微かに感じるからだ。
 その土地の風景の中に人格に似た何かを感じることがある。とくに歌枕の地を訪ねる度に、わたしはそう感じる。昔その土地を訪れた旅人の人格が土地の人格と溶け合い歌枕が生まれたのではないか。歌枕とは古来歌人たちによって詠われ、詠い継がれてきた土地や地名をいう。西行などの漂泊僧が歌枕の地を訪れ新たな歌を詠み、後々にも芭蕉などの俳人や歌人が新たな歌を詠み継ぐといった土地が日本各地にはある。実際に全国の至る所で歌碑を見ることができる。霞ヶ浦も古来より歌枕の地である。
 その土地の人格と数多の人々の人格が溶け合い、ひとつの自然の風景が生まれる。こう考えてみると、自然保護でよく言う「手付かずの自然」という言葉が何か陳腐に聞こえてくる。その背景に自然と人間を分けて考える欧米型の自然保護による価値観があるからだろうか。
 わたしは日本型自然保護の原点は歌枕にあるように思う。歌枕は土地に対するある種の働きかけだと思う。精神的で創造的な働きかけである。その働きかけは、土地に「流れ去ることの無い時間」を生み出す。しかし、現代を生きるわたしたちは時間も土地も区分けされた世界にいる。何時何分や何丁目何番地、何平方メートルなどなど。つまり、すべて何々のための時間や場所といった具合である。それらはすべて管理するための区分けやゾーニングである。現代は紛れもなく管理社会だ。区分けやゾーニングが行われた途端に、その土地の人格は消滅する。そのため、多くの観光地では旅人の心を癒す土地の力が失われていった。
 今から丁度百年前に徹底した管理社会への移行を象徴する事件があった。百年前の7月1日にひとつの豊かな村が消滅させられた。足尾鉱山が流し続けた鉱毒を溜め、同時に渡良瀬川上流の森林破壊による洪水を防ぐことを目的に「渡良瀬遊水池」が造られたのだ。そのためにひとつの村が消え、地名も剥奪された。その村の名は谷中村である。「遊水池」は地名ではない。治水機能を持つ場所を指す言葉である。ひとつの機能だけが認められ、他は一切認められない。それは土地が持っていた人格の否定であった。だから、この公害と戦った田中正造は最後まで「遊水池」という言葉を使うことを認めなかった。 
 それから丁度五十年後に不知火海で水俣病が公式確認された。不知火海でも土地の区分け・ゾーニングが行われた。汚染された魚が水俣湾から出ないようにと海が網で仕切られ管理区域が設けられた。土地の人格を無視した人々によって毒が流され、その毒による被害を抑えるために、管理のための区分け・ゾーニングが行われた。そして、現代社会は今も至る所で土地や時間、人間を管理するための区分けやゾーニングを続けている。なぜか、自然保護や循環型社会を標榜する人達の多くもその中から一歩も出ようとはしない。社会は土地の力を見失い創造力を失った。
 管理から働きかけへ。わたしたちがその土地の声に耳を傾け、その風景の中に溶け込んでいこうとすれば、歌枕はいつでも蘇るにちがいない。わたしたちは再び歌枕の森に分け入り、忘れられていた時間と空間の豊穣を取り戻さなければならない。

 
NPO法人アサザ基金  代表理事  飯島 博

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