| 永遠に新しい庭 2007年1月3日 | |
| 私達は自然との共存というテーマを得たことで、新しい生き方に目を向けることができるようになった。新しい生き方を求めるということは、自分を世界に向けて開いていくということだ。そのために、芸術は新しい感性へと、哲学は新しい思考へと、科学は新しい認識へと私達を開いてくれる。
上野の国立博物館に行って長谷川等伯の「松林図屏風」を見た。この絵は今から約五百年前の桃山時代に描かれたもので、水墨画の最高傑作といわれている。霧の立ちこめた松林のところどころから松の姿が浮かび上がる情景を墨の濃淡で大胆に描いている。霧が流れ、松が出現し、世界全体が流動しているようだ。この絵には西洋絵画のような中心点は無い。横長の絵の中心部分は空白である。しかし、この空白を見つめていると、奥深くに熱を感じる。何かが生まれ続けている。「永遠に新しい絵」がそこに在るのだと私は思った。 「永遠に新しい庭」と呼ばれてきた庭園がある。京都の竜安寺にある有名な枯山水庭園である。私はこの十五個の石を置いただけの石庭に中学生以来何度か足を運んだが、その度に何か物足りない感じを持ち帰った。しかし、ある時この庭を訪れて気付いた。自分が庭の空間と一体となり軽くなっていることに。深呼吸をして笑いたい気分になった。いつの間にか、自分と庭の間にあった壁が無くなっていたのだ。実はその時まで、壁の存在にすら気が付いていなかった。それまでの私は「庭の作者は何を表現しようとしているのか」「どのような意図で石の配置を決めたのか」「何も考えないで無になって見てみよう」など、つまり、分かろうとしていたのだ。でも、この庭は理解や解釈を受け付けない。ただ、見る者が壁を取り払い自分という場を開くのを待っているのだ。 私は霞ヶ浦と向き合い、そこに暮らす人々や自然と関わることで、自分がひとつの「場」であることに気が付いた。そして、自分という場を開くことができれば、新しい出会いが次々と生まれ、不思議とネットワークが広がることを知った。「私」はこれらの出会いによって生まれ続けているのだ。やがて、個々の人格が機能するネットワークという言葉が浮かんできた。すべての人格は出会いと総合化が起きる場ではないのか。ひとりひとりが異なる環境や時間を生きている。だから、百人百様の出会いがあり多様性があるはずだ。他者とは、別の可能性を持った場なのだ。だから、中心の無いネットワーク社会では、すべての人が掛け替えのない場となる。偉大な人格は必要ない。 しかし、今も強力な中心を持った場は作られている。強力な中心に支えられたシステムや仕組みによって、社会や環境を管理しコントロールするためだ。システムや仕組みを動かすためには場の整備が必要だ。それらの場は、システムや仕組み、技術を使って管理するための領土のようなものである。場は領土に変えられていく。個人や組織、国、民族、宗教など、それぞれの領土を守るための壁が築かれる。壁は、意見や主張によって固められ、壁を境に意見の押し付け合いや決めつけが始まる。自然に対しては、「人間という領土」を広げ、自然の多様性を破壊する。これらの問題に気付いても、人々はそれぞれの壁の中で有限の「可能性」を求めることしかできない。今私達が世界の多様性と言っても、それはこの領土の多様性のこと、つまり、動きを失った作り物の「多様性」に過ぎない。ひとりひとりが小さな領土を個の尊重と言いながら必死に守っているだけだ。このままでは、自然との共存も平和も実現できない。 壁を無くすことは可能なのか。私は壁を溶かすことができると思っている。力ずくで壊すのではない。(力ずくで壊すという発想自体が、壁に囲まれた発想だからだ。)中心の無いネットワークで溶かすのだ。境界が必要ならば、壁を膜に変えればいい。生命がそうであるように、膜は内と外の生き生きとした交換を行うからだ。自然との共存には人間という領土を囲む壁を溶かし、場を開くことが必要だ。そこから新しいシステムや仕組み、技術の展開が始まる。壁を溶かすことは誰でも、ひとりでもできる。ひとりひとりが自分という場(領土)を開き、空白の未来に向けて小さな一歩を踏み出せばいい。空白の奥深くに微かな熱を感じながら。ヴィジョンとは作るものではなく、到達するものだ。だから、世界を変えることはできる。 二十世紀後半を代表する哲学者ドゥルーズが「脱領土化」という言葉を残している。彼は西洋哲学が二千年以上かけて築き上げた分厚い壁を溶かし、人間という場を開こうとした。ドゥルーズにはもうひとつ面白い言葉がある。「動物に生成変化する」という言葉だ。つまり、トンボやカエルになって世界を見ること。それは、私達がこれまで霞ヶ浦や八郎湖の子ども達と取り組んできたテーマでもある。アサザプロジェクトは子ども達が遊ぶ「永遠に新しい庭」になればいい。 |
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| NPO法人アサザ基金 代表理事 飯島 博 |