アースデイとは

アースデイとは地球の日  ―環境保護運動の歴史を変えたアースデイ―

 

1970年4月22日  この日がすべての始まりでした

アースデイは1970年に米国で誕生しました。米国民の環境問題への関心を高めるため、スタンフォード大学の全学学生自治会委員長だったデニス・ヘイズ氏とゲイロード・ネルソン上院議員が4月22日を「アースデイ」とすると宣言しました。

この呼びかけは短期間のうちに全米の様々なグループに広まり、アースデイ当日、ニューヨークの5番街が車両通行止めになり人であふれるなど、2千の大学、1万の中・高校、数千のコミュニティーなど、全米で2千万人以上の人たちが様々なイベントに参加しました。

こうした大きな市民の関心がきっかけとなって、環境保護庁が誕生したり、大気浄化法、水質改善法、水質汚染制御法改正などが法制化されました。

1990年4月22日  世界が国境を忘れました

 世界的に地球環境問題への関心が高まっていた1990年には、米国からの呼びかけで世界141カ国、2億人が参加する地球規模の一大イベントに育ちました。

日本でも全国200ヵ所で多彩なアクションが繰り広げられ、これを契機に地球環境問題に取り組む数多くのグループのネットワークが広がっていきました。

 

1990年→2000年  アースデイ日本◎1990→2000◎東京連絡所

 日本では、1990年からスタートして、アースデイの活動がじわじわと広がりました。

1990年から2000年をアースデイに取り組む期間として東京連絡所が設立され、寄付とボランティアで支えられたニュースレターを連絡媒体として、全国各地のアースデイの情報発信をしてきました。

2000年4月22日  ミレニアムのアースデイ

 アースデイ・ネットワーク(代表:デニス・ヘイズ氏)が全世界で大々的なキャンペーン
を繰り広げた2000年のアースデイは、181の国と地域、4千以上のグループ、5億人近い人々が参加する史上最大の地球規模のイベントになりました。

 日本では、2000年をはさんだ3年間、1999、2000、2001年をアースデイ2000キャンペーンと位置付け、「アースデイ企画・運営委員会」を立ち上げ、全国の様々なグループにアースデイ2000への参加を呼びかけたり、フロンガス回収義務付けや自然エネルギー促進法、クルマを使わない日のキャンペーンなどを行いました。

日本全国で、160ヶ所以上でアースデイ2000の取り組みがおこなわれ、多彩なイベントが展開されました。 

アースデイの活動は、地球市民による、安全な環境と平和で持続可能な世界をめざす活動です

 

アースデイつくばの紹介

 アースデイつくばとは 

 「アースデイつくば」は、環境にかかわるつくば周辺の市民団体がゆるやかなネットワークをつくり、企業や行政とも手を結んで、毎年、4月22日のアースデイ(地球の日)を中心に、6月の環境月間にかけて、“Think Globally; Act Locally”(地球規模で考え、足元から行動しよう!)を合言葉に、多彩な活動を繰り広げています。

 アースデイつくばメッセージ
 「青い地球・美しいふるさとを未来にてわたそう」

 

 アースデイつくばの流れ ☆

1990年

  筑波大学で、4月22日を中心にアースデイにちなんだイベントがおこなわれました。環境にかかわるサークル「熱帯林研究会」「農林塾」「ひえの会」「環境と生活を考える会」が集まって合同発表会を開き、春日4丁目環境クラブが清掃活動を行いました。その後、学生と市民が協力して牛乳パック、トレイの回収活動を行うようになりました。

1991年

  筑波大学では昨年の活動を受けて、サークルの枠を超えて「筑波大アースデイ企画なかま」が結成され、学外にも参加を呼びかけました。また、市民団体や青年会議所などによって、環境に関するイベントや事業がおこなわれました。前年から続けてきた牛乳 パック・トレイの回収活動が発展して結成された「ごみ減量をめざす市民の会」によって、「第1回アースデイつくば」がクレオを舞台に開催されました。

「アースデイつくば」の2000年へ向けてのメッセージ「青い地球・美しいふるさとを未来にてわたそう!」ができたのもこの年です。

1992年

  学生、市民団体、企業、行政のゆるやかなつながりのもと、参加団体も増え、開催場所も筑波大学、クレオに加え、ダイエー、センター広場、フォンティーヌの森などに広がり、「第2回アースデイつくば」が開催されました。たったひとつの地球に生きる多種多様な生命体の“命のつながり”を体感することを目的に、身近な生き物や絶滅動物をモチーフに仮装して行進したパレードは、大変話題となりました。

1993年

  過去2回の実績を踏まえ、「アースデイつくば実行委員会」を結成し、事務局体制、財政基盤を整備して、より多くの人々、組織の参加を得ながら、「身近な自然とのふれあい」をテーマに、予算規模170万円を超える大規模な活動を展開することができました。

1994年

  アースデイつくば第4回を迎え、多様な市民グループ、企業、行政等が手をつなぐ組織体として、つくば市で評価が得られ、アースデイの目標年である西暦2000年に向けて、継続的な支援が行われることになりました.「水をみる 緑をあるく」をテーマ に、「親子でめぐるふるさとの水」、「炭は地球の特効薬」、「アースデイクリーンアップ 作戦」を合同企画で行いました。

1995年

  第6回世界湖沼会議が霞ヶ浦で開催され、つくばも開催地のひとつになるという、記 念すべき「第5回アースデイつくば」でした。全体テーマも「いのちの水・ありがとう ・霞ヶ浦」として、つくばセンターから霞ヶ浦までの「エコツーリング」をはじめ、各 団体が湖沼会議に向けて盛り上がりを見せました。

1996年

  第6回は、「21世紀・残っているかな この森 あの森」をテーマとして、合同企 画を「森のフェスティバル」に集中しました。「ゆかりの森」を会場に、森を舞台にして遊んだり考えたり、21世紀に少しでも多く緑を残そうと、これからの課題を確認し合いました。

1997年

  第7回は、アースデイつくばの原点「青い地球・美しいふるさとを未来に手わたそう」 をテーマに、クレオ、アルス、カピオ、センタービル広場といった学園都市の中心地区において、フェスティバル形式で合同企画を開催しました。また、地球温暖化防止条約会議が京都で開催されたこともあり、アースデイ日本東京連絡所の呼びかけに応じて自転車で日本列島を縦断する「エコリレー」に参加し、講演等も開催しました。

1998年

  第8回も前年に引き続き「青い地球・美しいふるさとを未来に手わそう」をテーマに、つくば、土浦、霞ヶ浦での各団体の企画とセンター広場でのイベントを結ぶ「ミステリ ーツアーつくば」を合同企画として行いました。研究所、市民団体、学生、老人会など 様々な分野・世代の人たちと子どもたちが出会い、なにかを見つけることを願いにこめて実施しました。

1999年

  第9回は「青い地球・美しいつくばを未来に手わたそう」がテーマでした。テレビ番 組「動物奇想天外!」でおなじみの千石正一先生をつくばに招き、講演会とシンポジウ ムを開催しました。アースデイつくばのイベント史上最高の800人以上の参加があり、たくさんの子どもたちが千石先生の「なぜ生き物を守らなければならないのか」というメッセージを受け取りました。また、6月には、市民グループ・企業・行政が協力し合い、環境によいことを出来ることから始めることをめざし、「環境パートナーシップフ ォーラム」を行い、7つのプロジェクトが提案されました。

2000年

  記念すべき10周年のアースデイつくばは、「21世紀につたえよう ふる里つくば」を全体テーマに展開しました。「ふる里つくば」の象徴である筑波山を中心に「筑波山ファンクラブ入門編」と題する一連のイベントで、この地域の豊かな自然の恵みや万葉古来の歴史文化を守り育てる活動へと発展させる動機付けを行ないたいと計画しました。また、学園都市の中心部では、つくば周辺で活動する環境にかかわる多くの団体が結集して「アースデイinクレオ・アースデイつくば環境パネル展」を行いました。

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