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「〔12/08〕筑波・結城をめぐる」について


分類: 〔12/08〕筑波・結城をめぐる 地域: 茨城県西
(登録日: 2017/02/26 更新日: 2021/01/03)

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
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この企画について


茨城県の結城地方は「結城紬」でよく知られています。筑波山麓には蚕影山神社があり、その辺が日本の蚕糸業で格別に歴史が古い地域とされています。その古さを物語るものに金色姫の伝承があります。蚕の化身である金色姫が海からやってきて鬼怒川(絹川)から結城に来たという伝承です。蚕は古くは中国から伝来したものであれば、金色姫が海からやってきたことはフィクションどころかファクトかもしれない。

2012年8月のお盆明け、そんなことを思い、茨城の実家から信州へ帰る道中、筑波山麓から結城地方を訪れて見ました。早いもので今から5年も前のことになります。

☆ミッチーのブログ/絹の道・結城を訪ねる

2012年当時、私のブログに単発的に記事を載せましたが、それでは見聞したことの記録を確認するにはあまりにも断片的過ぎて記録の確認のしようもないため、全画像を掲載してふり返ることができるようにしました。
 

蚕の神話 蚕影山神社を訪ねる


→画像表示 [ Lサイズ ] [ オリジナル ]
撮影日: 2012/08/16 茨城県



『常陸国風土記』には常陸の国で蚕業が営まれていたことが記されています。
「常陸の国は、国広く、山も遥かに、田畑は肥え、広野の拓けた良き国である。(略)田を耕し、糸を紡ぐ者たちには、貧しき者はない。(略)後方の野には桑原が広がり、前方の原には麻が栽培されてゐる。」
---- 「口訳・常陸国風土記」(神話の森ホームページ)から引用
 http://nire.main.jp/rouman/sinwa/hitatihudoki.htm

蚕影神社の祭神は「稚産霊神(わかむすびのかみ)」などであるとされています。筑波国造が稚産霊神を鎮祭し、養蚕業を信仰したと伝えられています(説明板の説明による)。

「金色姫」の伝説には興味を引かれます。金色姫の唐櫃から出てきた蚕が繭となり、繭を綿にして糸を取ったことが日本の養蚕の始めである…。まさにこれが結城紬です。この真偽はともかく、このような伝説が残っていることが意味深長な点です。

絹川(鬼怒川)、蚕飼川(小貝川)、糸繰川などの地名があることもその神話性を高めています。

さらに興味を引かれるのが「常陸国の三蚕神社」の存在です。
http://homepage2.nifty.com/khonda/starthp/subpage25.html


金色姫が神栖市日川(豊良浦)に流れ着き、常陸国に蚕をもたらしたというのは、海から陸へというルートの必然もあり、もっともらしさがあります。

年代が下り、後に蚕糸王国となる長野県は古い時代、常陸国に養蚕や紬を学んだと言われています。そのルーツを探る意味でも、蚕影山神社は歴史のシンボリックな存在です。
 

『信濃蚕糸業史』によると


『信濃蚕糸業史・中巻』(1937年)には次のように記された一節があります。

 本邦の養蚕が神代より始まれる事は養蚕の部に説けるが如く、養蚕あれば蚕種あるは当然の事なれども、蚕種に関する記事の国史に見へたるは第十四代仲哀天皇四年乙亥(八五五)秦始皇十一世の孫秦切満王帰化して蚕種及珍宝を献ずとあるを始とし、是を本邦に支那蚕種輸入の最初と成す。(農政類篇)
 ついで文武天皇大宝年中(一、三六一)常陸国蚕影山の傍に於て専ら蚕種を製造し、市場を結城の地に開きしより近郷競つて製種を試むるに至りしといふ。(下野之蚕糸業)
----『信濃蚕糸業史・中巻』(1937年) p.1

『信濃蚕糸業史』は1937年に出版されたもので、紀元節で年号が付されているため、《紀元2600年=西暦1940年》を基準に西暦換算する必要があります。第十四代仲哀天皇四年乙亥とは西暦195年、文武天皇大宝年中とは701年です。701年は大宝律令が制定された年号として日本史ではお馴染みの年号の一つです。

つまり、この記述によれば、筑波山の蚕影山で蚕種を製造し、結城でその市を開いたというのが有史で二番目に古い記録、ということになります。
 

結城を訪ねる


茨城県に生まれ育ちながら、これまで最も縁遠かった地域が県西です。茨城県は南北を縦断する水戸街道(=R6、常磐道、常磐線)をメインルートとし、私の実家は県南の土浦・石岡に隣接する地域のため、栃木県に隣接する県西は茨城県内の中でも訪れる動機が特に希薄な地域でした。

そのようなこともあり、8/16、お盆で茨城の実家に帰省しての帰り道、結城市を訪れてみました。結城を訪れるのはこの時が生まれて初めてです。

結城…と言えば、何と言っても「結城紬」が有名です。紬ばかりでなく、古代から養蚕が行われた地域であることも訪れてみたいと思っていた理由にあります。私にとっては「未知の茨城県内探訪」です。
 

→画像表示 [ Lサイズ ] [ オリジナル ]
撮影日: 2012/08/16 茨城県



街中には蔵造りの古い建物や社寺が点在しており、歴史のある街のたたずまいが感じられます。結城紬の工房などが点在していることもわかり、さすがに結城紬の本場であることを実感させてくれました。
 
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