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今の霞ヶ浦*に舟運の歴史が見える

分類: スローライフ時代の霞ヶ浦*の楽しみ方
(登録日: 2004/11/01 更新日: 2024/04/07)

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撮影日: 2003/01/02 現役の横利根閘門はレンガ造り



霞ヶ浦*をめぐっているうち、かつて舟運がこの地域の交通の花形だったことに思い至りました。東北と江戸(東京)の間の主な物資輸送ルートは、常磐線や常磐道ではなく霞ヶ浦〜利根川だったのです。潮来や佐原が交通の要衝の地となって栄えました。潮来節は潮来から全国の津々浦々に伝播したとも言われています。水戸藩が運河を作り、船の通行料を取って一儲けようとした歴史的な事実まであります。茨城町にその運河、勘十郎堀の遺構が今も残っています。横利根川の横利根閘門は今もなお現役のレンガ造りの水門で、船の航行に役立っています。
 

撮影日: 2003/03/16 水戸藩が作った勘十郎堀の跡


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