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〔08/01〕利根川河口域をめぐる


分類: 〔08/01〕利根川河口域をめぐる 地域: 水郷(常陸利根川・外浪逆浦)エリア
(登録日: 2018/08/05 更新日: 2021/01/03)

利根川河口域への視点


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撮影日: 2008/01/02



霞ヶ浦*の成り立ちには大きく二つの背景があります。

一つは海跡湖であること。入海であった「流海(ながれうみ)」は長らく存在していました。現在の利根川河口域は一面が海であったわけです。そのような視点から利根川河口域の低地を眺めてみたい。これと関連し、ちょっと面白い話があります。それが「金色姫伝説」です。蚕の化身・金色姫が我が国に上陸したのが日川(現在の神栖市日川の辺り)とされています。黄金姫が水域をさらに奥に進んで結城地方に行ったという話です。

もう一つは利根川東遷です。現在の利根川河口域は、利根川の本川が付け替えられた400年ほど前に新たな利根川となりました。つまりこの河口は人為的に作られたわけです。現在、霞ヶ浦*は大きくは利根川水系に属し、常陸川水門で隔てられつつ利根川と連結しています。明治時代の地図を見ると利根川本川は現在の利根川ではなく、外浪逆浦〜常陸川の川筋でした。従って、神栖の前を通る常陸利根川は明治期には利根川の本川だったわけです。人為的に川筋がその後も付け替えられた結果としての現在の河川を変容の後の姿として捉える視点を持っておきたい。

以上2つの視点を持って利根川河口域をめぐってみました。
 

神栖・波崎・銚子


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撮影日: 2008/01/02



『マッピング霞ヶ浦*』で、利根川河口域に迫るアクセスはあまりしたことがありません。常陸利根川(常陸川)の下流域も同様です。波崎町についてはあまり見聞したことがありません。常陸川沿いの飯沼街道は生垣集落としても知られています。これらを見聞する機会としました。
 

10年前をふり返る


この企画「利根川河口域をめぐる」は2008年の探訪記録をネタにしたものです。それから早くも10年が経過しました。『マッピング霞ヶ浦*』の撮影日記録を見ると、1997年以来、毎年撮影記録があるにもかかわらず、2008年だけが欠落していました。当時、何も記録しなかったのではなく、記録だけしてデータを蔵出ししなかったのが原因です。

2008年、私は2つの大きな事業に関わっていました。一つは長野県デジタルアーカイブ推進事業、もう一つは「森の恵み、地域の恵み」再発見プロジェクトです。その1年間、Myサイトの更新をする余力がなかった、というのが実情です。

データがあれば10年経っても、その時の記録は蔵出しできます。10年後に10年前のことをふり返り、記憶を記録で新たにします。
 

関連リンク(2008年の私の成果物)

☆信州デジくら 信州デジタルアーカイブ推進事業
☆森の恵み地域の恵み探検隊 「森の恵み、地域の恵み」再発見プロジェクト

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