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「〔18/08〕土浦・20年前と今」について


分類: 〔18/08〕土浦・20年前と今 地域: 土浦市
(登録日: 2018/08/26 更新日: 2021/01/03)

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今昔:1999年と2018年の変容を画像で比較


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撮影日: 1999/01/16 土浦市



一昔が十年とすれば20年前は二昔前になります。20年の土浦のビフォーアフターを綴ろうというのがこの企画です。

1999年1月「〔99/01〕土浦・水郷都市の面影をたどる」を企画しました。その後19年、四捨五入するとほぼ20年経った2018年8月、駅前に新築された土浦市立図書館を訪問する機会に、1999年当時歩いた場所を歩き直して今昔を比較してみようと思い立ち、この企画「〔18/08〕土浦・20年前と今」を形にしました。

私が撮った記録画像が早くも20年の歳月を刻んでいることになります。当時はDVビデオで撮影したため、今日から見ると画像は綺麗ではありませんが、当時、風景を多数サンプリングするために当時のデジカメでは用が足りず、ビデオ映像から静止画を抽出する方法を取りました。そのためにこれだけの記録ができたとも言えます。

ビフォーアフター。単純に20年前と今を比較すると老舗デパート小網屋が閉店、その後、丸井も閉店。さらには当時、新築されたウララビル(駅前のイトーヨカード+茨城県南生涯学習センター)の変容がありました。イトーヨーカドーが撤退し、その跡に土浦市役所が入りました。

その当時、なぜ土浦を画像でサンプリングしたのか。それは時間が経過したときにビフォーアフターの比較ができるからです。20年も経つとさすがに時間経過の差異ははっきりしたものとして捉えられるようになります。今月はその比較をするための20年後のサンプリングに土浦に出かけてみたいと思っています。

その当時も土浦はかなり寂れたという感がありました。それから20年経ち、その寂れ方はさらに輪をかけた感があります。それでもまちが持っている、というのが偽らざる感想です。都市の衰退は土浦に限ったことではありません。しかし、今になってみると、「より望ましいまちの残り方」という選択はあったのではないかという思いが先に立ちます。
 

プレイバック1999年

〔99/01〕土浦・水郷都市の面影をたどる

水郷都市・土浦らしさは川口川沿いにある


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撮影日: 2018/08/14 土浦市



土浦がなぜにここまで無様な都市の姿をさらすことになったのか。その最大の要因の一つは「川口川」の暗渠化です。私は20年前、土浦らしさは「川と都市」であると言いました。水郷都市土浦は川を失うことにより、無様になり、美しさを失くしたと思います。川口川を暗渠化し、その川筋は私が高校生の頃は駐車場になっていました。その後、1985年に筑波万博が開催され、それに間に合わせるために川口川の川筋に沿って土浦高架道が建設されました。それと並行してモール505が建設されました。これらは、空が見えていた土浦の中心市街地を暗いものにし、都市景観を損ね、つくば市の隆盛とともに凋落する土浦市という対照を描き出すことになります。その姿はあまりにも無様で目を覆いたくなるものです。私がこの都市の高校に通っていたことを思うこともためらわれる、というのが正直な感想です。

もし私が土浦を再生できるとしたら、土浦高架道を撤去し、モール505を撤去し、その後に川口川を再生させ、霞ヶ浦から船で保立食堂前まで航行できるようにします。水郷都市復活です。語りたくもない無様な都市でなく、語りたくなる美しい都市への再生。もしそういう都市に生まれ変わるなら土浦に暮らしてみたいと思えるようになります。

その昔、韓国のソウルにチョンゲッチョン(清渓川)という排気ガスで薄汚れた大通りがありました。鍾路、乙支路、清渓川という3つの大通りがソウルの中心市街地に並行して通っています。道路なのになぜ川なのだろうとは思っていました。今でもチョンゲッチョンと言うと、排気ガスで黒く汚れた光景を想起します。その後、チョンゲッチョンは掘り起こされ、市民が憩える水辺空間に甦生しました。その名前からしても清渓川。清流の名前にふさわしい都市環境の再生です。やればできる! という事例です。

古い映画や写真などでも見たことのある、川口川の木造の太鼓橋。あの風景を現実に眼前で見たいものです。人々が都市の美しさを感じ、人々が移り住むようになれば、都市は再生します。そういう都市の再生を願いたいものです。

そのような思いを抱きながら20年ぶりに川口川沿いを見て歩きました。
 

「ついでに」探訪し記録


そもそも私の『マッピング霞ヶ浦*』は霞ヶ浦*をめぐりながら、あるいは茨城県内や隣接地域のどこかを訪れる際、ついでに地域の様子を画像などでサンプリングすることを旨としています。

この日は、土浦市立図書館の訪問、かすみがうら*ネットのメンバーとのミーティングで土浦を訪問するついでにまちあるきしようと思い立って、「〔18/08〕土浦・20年前と今」を企画しました。猛暑の日をあえて選ばなくてもよいのですが、「ついでに」という気楽さ故に汗だくになりながらあえて強行しました。かすみがうら*ネットに参加いただいたKさんをお誘いし、一緒に散策を楽しみました。暑さの記憶もこの画像集にはこびりついています。
 
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