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土浦は日本のベネチア、水郷都市の再生を


分類: 〔18/08〕土浦・20年前と今 地域: 土浦市
(登録日: 2018/08/27 更新日: 2021/01/03)

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水上に築かれた土浦城下


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撮影日: 1999/01/16



亀城公園に1871年(明治4年)の土浦城下の地図があります。年代からすると殆ど江戸時代と変わりません。この地図は上下逆の方がみやすい。土浦のまちは水戸街道沿いに形成されました。川口川が城下町の中心である桜橋に入り込んでいます。ご覧のとおり水域や湿地帯の中に築かれたのが土浦城下です。まさに川口川の川筋こそ、土浦を最も土浦たらしめているものです。
 

湿地に打ち込んだ杭の上に建物は建つ


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撮影日: 1999/01/16 今はない飯田屋本店、水郷都市の記憶



土浦は城下町として誕生しました。他の城下町と異なるのは湿地帯に拓かれた城下であること。明治初期の土浦の地図が亀城公園にあります。土浦の町は湿地に拓かれたため、家々には木杭が打ち込まれてその基礎の上に家が建っています。地面は常時水気があるので杭は何百年も腐らないのだとか。旧川口川沿いは現在は見るも無残な風景ですが、ここがベネチアのような水の上に拓かれた都市であるという見方をすると、この都市は全く変わって見えてきます。
 

川筋沿いの建造物は見苦しい


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撮影日: 2018/08/14 土浦市



川口川に蓋をして暗渠とし、さらに高架道まで通しています。このような建造物は景観的に見苦しい。見苦しいだけでなく、高架道沿いに作られたモール街は空きテナント群と化し、都市計画の失策が露呈し無残です。補修などの維持管理の費用もかさみ続けます。建造物の老朽化は避けられず、景観はさらに悪化します。ソウルのチョンゲッチョン(清渓川)のように構造物を取り払い、川辺環境を取り戻したらどうでしょうか。そのような思いを抱きつつ、現風景を見聞してみます。
 
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